暗闇に、やけに互いの呼吸が響いている気がする。
階下の喧騒も大分収まり、静けさが戻りつつある中で、二人の熱だけが上がっていくからなのかもしれない。
これが自分の声かと我ながら呆れるような甘ったるい声と、ゲドの詰めた息を吐く音が交互に混じり合い、それが壁に当たって外に漏れていないか、クイーンは密かに気にかかっていた。
だが、茂みの奥の、最も過敏な部分をゲドの好きなように弄られていては、声を抑えることもままならない。
利き手の人差し指と中指を根元まで差し入れられて中をなぞられ、それに抗うといきなり指を抜かれて、こちらが堪らなくなるまで焦らされる。
先刻からずっとその繰り返しで、クイーンはいいように操られていた。
太股の内側を押さえつけられ、大きく広げさせられて、ゲドの目前に濡れそぼった箇所を晒している。
羞恥心すら遊戯の道具に使われ、腹立たしさを覚えながらも、否定できない快感が湧き上がる。その結果、更に蜜を秘所に満たす事になるのだった。
ゲドは付け根まで濡れて光る己の指を故意にクイーンに見せ付け、糸を引いて垂れる蜜を舌先で舐め取った。
「……どんな味がするか、言って欲しいか?」
「口にしたら後で殺すよ」
「ほう」
それができる体力が残っていればの話だな、とあっさり切り返したゲドの顔が、床に横たわるクイーンの視界から消えた。
「そこ」に顔を埋めたのだと悟ったクイーンが咄嗟に逃れようと身体を捩ったが、がっちりと腰から足にかけて抑えられていて、身動きすら取れなかった。
「あ……んんっ!」
外界への気兼ねを一瞬忘れて上げてしまった一際高い声が、クイーン自身の耳朶を打ち、抗いようの無い快感にうろたえて首を大きく振った。
生暖かい蛇が、花弁を撫で回すように這いまわっている。時折ちろちろと舐めあげて刺激を与えるかと思えば、唐突に花弁の奥を突いて犯す。
そして、最も弱い蕾の部分を咥えられ、ほんの僅かに歯を立てられた刹那、クイーンは理性を捨ててゲドに許しを請うていた。
その声を聞き、ようやくゲドは満足したように手を緩めたが、まだ完全に解放する気は無いらしく、花弁をゆっくりとまさぐっていた。
やっとの思いで、力の籠もらない手をゲドの腕に添え、僅かに押しのける。
すぐそれに気付いたゲドが、顔を上げて不服そうにクイーンを見た。
「ちょっと…待っておくれ。続きはベッドの上にしないかい?背中が痛くなってきたよ」
初めからずっと固い床の上にいるせいで、それは嘘ではなかった。暖炉の火は先刻より大分小さくなり、あまり暖も取れていない。
それに外よりも互いの内側に熱が籠もっていて、今は寒さをあまり感じなかった。
クイーンの言い分に理を認めたらしく、ゲドが大人しく手を引く。
ずっと責められ通しだっとクイーンは小さく安堵の息をつき、ゲドから身体を離して、寝台に移ろうと身を起こした。
が、寝台の傍まで歩いたところで、足から力が抜けて、シーツの上に腕を置いて床に座り込んでしまった。
背後からゲドの気配が近づき、クイーンの腕を取る。
持ち上げられるようにして腰を浮かせたクイーンは、次の瞬間、身体中に流れたその感覚に目を見開いた。
「っ……ん、やっ、ゲドっ……!」
後ろから、ゲドに貫かれていた。指とは比べ物にならない容赦の無いその感覚に、先刻までの配慮を意識外に飛ばして、クイーンは喘いだ。
腕を伸ばして、寝台の上のシーツを握り締める。だがそれは何の助けにもならず、電流が身体の中心から指の先まで至るのを、クイーンはただ受け止めるのみだった。
「ゲド、続きはベッドでっ……って、あっ…言ったじゃ、ないか」
上ずりがちな声で文句を言うと、ゲドはそ知らぬ顔で答えた。
「ベッドで、しているだろう」
「上でって意味だよっ!」
押し殺した悲鳴を上げ、クイーンはそれ以上意味のある言葉を紡ぐことが出来なくなった。
女の身体の中で、最も柔らかな肉の部分を、剛直なもので貫かれて擦られる。
挿入の初めから、責めに容赦が無かった。幾らか指で慣らされたとはいえ、いきなり後ろから挿れられると、そこがゲドのものでいっぱいになり、狭い肉壁を激しく抜き差しされると、甘い快楽より痛みが先にたった。
いつもならば、こんなに激しくされることはない。躊躇いがちな愛撫から始まり、クイーンに拒む意思が無いことを何重にも認めてから、行為に及ぶのである。
軽口を叩く余裕すら無い、ゲドの愛し方に、クイーンはどこか違和感を感じた。
とうに馴染んだと思った男の、まだ知らない面が、今、現されているのだろうか。
そんな思考も途切れ途切れとなりながら、クイーンは痛みで涙の滲み始めた目を瞑り、シーツを強く握りしめた。
「あ……ん、はっ……。……んっ、やっ、いっ、痛っ……」
堪えようとしていたが、呼吸の合間に、つい声に出して痛みを訴えてしまった。
その瞬間、ゲドの動作が止まり、一瞬の後に密着していた体が離れる。
乱れた呼吸を整えながら、クイーンは涙で潤んだ眼を、暗闇の向こうにあるゲドの顔に向けた。
「……ゲド……」
薄闇が帳となり、ゲドの表情は読めなかった。
男の短い吐息が聞こえ、その後、
「……すまん」
という囁きが、クイーンの耳に届いた。
それに返答する前に、ぐったりと力の抜けたクイーンの身体が、ゲドに抱き上げられ、丁寧にベッドの上に降ろされた。
火照った背中に、冷えたシーツが心地良かった。クイーンは身じろぎして傍らに立ち尽くす男の手を取り、引き寄せて寝台に腰を下ろさせた。
そのまま首筋に手を回す。ゲドはクイーンに身体を近づけ、唇を重ねた。
軽い口付けを離して、クイーンはゲドの髪を指で梳き、囁いた。
「あんたがああいう風にしたがるなんて、珍しいじゃないか?」
ゲドが目を伏せた。クイーンは眼の端を和ませ、髪を梳いていた手をゲドの頬に当てた。
「激しいのも、嫌いじゃないけどね」
「……すまない」
「いいよ。それより……」
続きは?と、声に出さず、口の形で伝えた。
ゲドが微かに笑みを見せ、クイーンの身体の上に覆い被さり、両腕できつく抱きしめた。
男の背中に腕を回して抱き返したとき、クイーンは唐突に腑に落ちた気がした。
ただ快楽を欲して、あんな風にクイーンを抱いたのではないのだろう。
クイーンは淡く苦笑した。まったくどうしようもない、と思う。
男も、そんな男に惚れた自分も。
ゲドは抱擁を解き、クイーンの太股に手をかけて再度開かせると、今度は慎重にクイーンの中に入ってきた。
「んっ……」
充たされる喜びが、吐息に混じる。
「痛いか……?」
真剣な顔で気遣うゲドが可笑しくて、クイーンは笑みをこぼした。
「悪いと思うなら、痛い、じゃなくて、イイって言わせておくれ」
苦笑いしたゲドが、次には笑みを消して、ゆっくりと抽送を開始した。
初めに僅かに感じた痛みは、すぐに痺れるような快感に取って代わった。自然と身体が弓形に反らし、一番敏感に感じやすい部分に、自らゲドを導いてゆく。
クイーンの様子を窺っていたゲドも、次第に行為を早めていった。
互いの呼吸が絡み合い、快楽が増してゆく。
水かさが増すように快感が増し、次第に堪えきれなくなったクイーンがゲドの肩にしがみついた。
「ゲドっ……!」
その声に応え、一層激しさを加えたゲドの動きは、男が息を詰めた瞬間に止まり、熱いものがクイーンの体内に放たれた。
やがて力を失ってクイーンの上に倒れこんできた男の身体を抱きとめて、クイーンは満足感と共に目を閉じたのだった。
行為後、まともに言葉を交わさないうちに寝入ってしまった男に毛布をかけてやり、クイーンは静かに寝台から降りて暖炉の傍に腰を下ろした。
申し訳程度に身体に巻きつけたシーツを引っ張り、先刻より小さくなった暖炉の火に薪をくべる。
クイーンは膝を抱え込んで、火がはぜる音を聞いていた。
いつもならば、このままゲドを起こさないで自室に帰るのだが、今夜は、男が目を覚ますまで待つつもりだった。
そして、目覚めた男に、聞いてみたいことがある。
クイーンはそのときを待ち、炎のゆらめきを一人見つめ続けたのだった。
・・・THE END・・・